大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成元年(行ウ)67号 判決

原告 友金六生

被告 秩父税務署長

代理人 渡邉和義 石井一成 ほか三名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

一  被告が昭和六二年三月一三日付けでした次の各処分を取り消す。

1  原告の昭和五八年分の所得税に対する更正のうち総所得金額一七〇万円及び納付すべき税額一三万九七〇〇円を超える部分並びに過少申告加算税賦課決定(ただし、いずれも昭和六二年八月一三日付けの荒川税務署長の異議決定及び昭和六三年一二月二〇日付けの国税不服審判所長の裁決により一部取り消された後のもの)

2  原告の昭和五九年分の所得税に対する更正のうち総所得金額一八八万七〇〇〇円及び納付すべき税額一六万五九〇〇円を超える部分並びに過少申告加算税賦課決定(ただし、いずれも昭和六二年八月一三日付けの荒川税務署長の異議決定及び昭和六三年一二月二〇日付けの国税不服審判所長の裁決により一部取り消された後のもの)

3  原告の昭和六〇年分の所得税に対する更正のうち総所得金額二二二万四〇〇〇円及び納付すべき税額二一万二一〇〇円を超える部分並びに過少申告加算税賦課決定

第二事案の概要

本件は、金属時計バンド研磨業を営む白色申告者である原告が、昭和五八年分から昭和六〇年分まで(以下「本件係争年分」という。)の所得税について申告をしたところ、被告が原告の売上金額をもとに同業者比率によって売上原価及び一般経費(以下、まとめて「売上原価等」という。)を推計して原告の事業所得を算出し、更正及び過少申告加算税賦課決定をしたので、原告が、被告の課税処分には推計の必要性も合理性もなく、被告が推計によって算出した事業所得金額は原告の実際の所得金額を上回っているとして事業所得金額の実額を主張し、右各更正のうち申告額を超える部分及び右各決定の取消しを求めて提訴した事案である。

一  本件各課税処分の経緯(この事実については、当事者間に争いがない。)

原告の本件係争年分の所得税についての各申告とこれに対する課税処分及び不服申立ての経緯は、別紙一の表1から3までに記載のとおりである(以下、各年分の更正及び過少申告加算税賦課決定を総称して「本件各更正」及び「本件各決定」という。また、各年分の更正、決定を、それぞれ「昭和五八年分更正」「昭和五八年分決定」等という。)。

なお、原告は、昭和六三年一〇月七日、荒川区内から足立区内に、平成二年八月一二日、同区内から埼玉県秩父郡内に住所地を移転し、原告の納税地に異動があったので、これに対応し、荒川税務署長(以下「税務署長」という。)から西新井税務署長に、西新井税務署長から秩父税務署長に、それぞれ事務が承継された。

二  本件各更正及び本件各決定の課税根拠についての被告の主張

1  本件係争年分の事業所得金額及びその算出根拠

税務署長は、原告が金属研磨業を営む者であるとし、本件係争年分の事業所得金額について、次のとおり、推計の方法によりその額を算出した。被告は、本件各更正における事業所得金額はいずれも次のとおり算出された事業所得金額の範囲内にあるから、本件各更正は適法であると主張する。

(一) 昭和五八年分  五六三万二三一〇円

(1) 売上金額      一七三八万三九四八円

右金額は、被告が原告の取引先等に対する反面調査によって把握し得た金額であり、その内訳は、別紙二記載のとおりである。右金額については、当事者間に争いがない。

(2) 売上原価等      五二二万七三五三円

右金額は、売上原価と一般経費(特別経費以外の経費)との合計額であり、(1)の売上金額に、原告の事業所が所在する西新井税務署管内に事業所を有する金属研磨業者で、原告と事業規模が類似する個人同業者(以下「類似同業者」という。)の売上金額に対する売上原価等の占める割合の平均値(以下「平均経費率」という。)三〇・〇七パーセントを乗じて算出したものである。右平均経費率の算出方法は、別紙三の表1記載のとおりである。右金額については、当事者間に争いがない。

(3) 算出所得金額    一二一五万六五九五円

右金額は、(1)の金額から(2)の金額を控除して算出した額である。右金額については、当事者間に争いがない。

(4) 特別経費額      六一二万四二八五円

ア 給料賃金           一六六万円

右金額は、原告の長男である友金正美(以下「正美」という。)に対する支給額四六万円と坂本守(以下「坂本」という。)に対する支給額一二〇万円の合計額である。

イ 借入金利子割引料   一九七万〇一七八円

右金額は、原告が事業に関連して負担した借入金利子割引料の額であり、その内訳は別紙四記載のとおりである。

ウ 減価償却費        六万三四〇五円

エ 地代家賃            三六万円

オ 外注費        二〇七万〇七〇二円

右金額の内訳は、別紙五記載のとおりである。

ウからオまでの金額については、当事者間に争いがない。

(5) 事業専従者控除         四〇万円

右金額は、原告の妻である友金純子(以下「純子」という。)に係る事業専従者控除の額であり、右金額については、当事者間に争いがない。

(6) 事業所得金額     五六三万二三一〇円

右金額は、(3)の金額から、(4)及び(5)の金額を控除して算出した額である。

(二) 昭和五九年分  八一五万七八八三円

(1) 売上金額      二四五九万〇三五四円

右売上金額は、被告が原告の取引先等に対する反面調査によって把握し得た金額であり、その内訳は、別紙二記載のとおりである。右金額については、当事者間に争いがない。

(2) 売上原価等      六六五万四一五〇円

右金額は、(1)の売上金額に、類似同業者の平均経費率二七・〇六パーセントを乗じて算出したものである。右平均経費率の算出方法は、別紙三の表2記載のとおりである。

(3) 算出所得金額    一七九三万六二〇四円

右金額は、(1)の金額から(2)の金額を控除して算出した額である。

(4) 特別経費額      九三二万八三二一円

ア 給料賃金           四〇〇万円

右金額は、正美に対する支給額二八〇万円と坂本に対する支給額一二〇万円の合計額である。

イ 借入金利子割引料   三三五万九四五二円

右金額は、原告が事業に関連して負担した借入金利子割引料の額であり、その内訳は別紙四記載のとおりである。

ウ 減価償却費       一五万二一七四円

エ 地代家賃        一九万四〇〇〇円

ウ及びエの金額については、当事者間に争いがない。

オ 外注費        一六二万二六九五円

右金額の内訳は、別紙五記載のとおりである。

(5) 事業専従者控除         四五万円

右金額は、純子に係る事業専従者控除の額であり、右金額については、当事者間に争いがない。

(6) 事業所得金額     八一五万七八八三円

右金額は、(3)の金額から、(4)及び(5)の金額を控除して算出した額である。

(三) 昭和六〇年分 一一〇四万六四三九円

(1) 売上金額      二九六一万二〇四五円

右売上金額は、被告が原告の取引先等に対する反面調査によって把握し得た金額であり、その内訳は、別紙二記載のとおりである。右金額については、当事者間に争いがない。

(2) 売上原価等      六五六万二〇二九円

右金額は、(1)の売上金額に、類似同業者の平均経費率二二・一六パーセントを乗じて算出したものである。右平均経費率の算出方法は、別紙三の表3記載のとおりである。

(3) 算出所得金額    二三〇五万〇〇一六円

右金額は、(1)の金額から(2)の金額を控除して算出した額である。

(4) 特別経費額     一一五五万三五七七円

ア 給料賃金           四一四万円

右金額は、正美に対する支給額二七〇万円と坂本に対する支給額一四四万円の合計額である。

イ 借入金利子割引料   三四八万六〇三四円

右金額は、原告が事業に関連して負担した借入金利子割引料の額であり、その内訳は別紙四記載のとおりである。

ウ 減価償却費       一五万二一七四円

エ 地代家賃        一九万二〇〇〇円

ウ及びエの金額については、当事者間に争いがない。

オ 外注費        三五八万三三六九円

右金額の内訳は、別紙五記載のとおりである。

(5) 事業専従者控除         四五万円

右金額については、当事者間に争いがない。

(6) 事業所得金額    一一〇四万六四三九円

右金額は、(3)の金額から、(4)及び(5)の金額を控除して算出した額である。

2  本件各決定の根拠

被告は、昭和五八年分決定については、昭和五九年法律第五号による改正前の国税通則法(以下「通則法」という。)六五条一項の規定に基づき、納付すべき税額(同法一一八条三項により一万円未満の金額を切り捨てた金額、以下昭和五九年分及び昭和六〇年分についても同じ)に一〇〇分の五を乗じた金額を、また、昭和五九年分決定及び昭和六〇年分決定については、昭和六二年法律第九六号による改正前の通則法六五条一項及び二項の規定に基づき、各納付すべき税額に一〇〇分の五を乗じた金額と、右各納付すべき税額のうち五〇万円を超える金額に一〇〇分の五の割合を乗じた金額の合計額を、それぞれ課税額としたものであり、右各決定はいずれも適法である。

第三争点

本件においては、本件各更正及び各決定の適法性が争われているが、争点及び当事者双方の主張の要旨は次のとおりである。

一  推計の必要性があるか否か。

1  被告の主張

税務署長は、原告が提出した本件係争年分の確定申告書に記載された事業所得金額が適正なものであるか否かを確認するために、部下職員に原告の所得税調査を命じた。

右調査担当職員は、昭和六一年八月五日から昭和六二年一月二〇日までの間、合計九回にもわたり原告の事業所に赴き、調査に協力するよう要請したが、原告は、調査に都合のよい日を連絡しなかったり、居留守を使ったりして終始調査に非協力的で、調査を行った際も、調査に同席した第三者を退席させるように要求しても応じないなどしたため、十分な質問調査ができなかった。また、その際、原告は、一部の帳簿書類等を提示しあるいは読み上げ、支払年分や支払内容が入り混じった未整理の領収書の束等を提示したにとどまった。

そのため、税務署長は、原告の本件係争年分の事業所得金額を実額によって把握することができず、右各所得金額を推計の方法によって認定する必要があった。

2  原告の主張

原告は、帳簿の備付け、記録又は保存を行っており、かつ、調査担当職員の質問には誠実に応答し、領収書等の資料を整理するなど資料の提出に協力したにもかかわらず、右職員は、右資料を調査しようとしなかった。

このように、税務署長は、実額計算をすることが十分に可能であったのに、当初から推計による税額をもって原告に修正申告を強要する意図で税務調査の体裁をこらしていたにすぎないものであるから、推計の必要性がないことは明らかである。

二  本件調査は適法なものであったか否か。

1  原告の主張

税務署長がした原告に対する税務調査(以下「本件調査」という。)は、個別的な必要性がないのに行われたものであるから違法である。

また、調査担当職員は、原告に対し、事前通知や具体的な調査理由の開示をせずに調査をしていること、原告に対する十分な調査をせずに、原告の承諾を得ないままいきなり取引先に対する反面調査をしていることなどから、本件調査は、憲法三一条及び所得税法(以下「法」という。)二三四条に反し違法である。

2  被告の主張

法二三四条に基づく税務調査において、質問検査の範囲、程度、時期、場所等法律上特段の定めのない実施の細目については、権限ある税務職員の合理的な裁量にゆだねられているから、税務調査が社会通念上相当な限度を逸脱した行為といえない限り、右調査は違法となるものではない。

本件において、社会通念上相当な限度を逸脱した税務調査が行われた事実はなく、また、調査担当職員は、原告に対し、再三、調査の理由が本件係争年分の申告所得の確認である旨を告げているほか、調査担当者として注視している点を説明しているのであるから、被告の調査に何ら違法はない。

三  推計の合理性があるか否か。

1  被告の主張

被告が本件係争年分の売上原価等を算出した方法は、次のとおりである。

(一) 売上原価等の算出の基礎とした売上金額は、被告が原告の取引先等の調査によって把握した金額である。

(二) 売上原価等の金額は、売上金額に類似同業者の平均経費率を乗じて算出した。

(三) 類似同業者は、原告の事業所を所轄する西新井税務署管内の金属研磨業者のうち、本件係争年分の各年分ごとに次のすべての条件に該当する者

(以下、「本件類似同業者」という。)を抽出した。

ア 本件係争年分において、青色申告の承認を受け、青色申告決算書を提出している者

イ 本件係争年分の売上金額が、原告のそれの半分以上二倍以下の範囲内である者

ウ 年を通じて金属研磨業を営んでいる者

エ 災害等により経営状態が異常であると認められる者以外の者

オ 税務署長から更正又は決定処分を受けている者については、当該処分について通則法又は行政事件訴訟法の規定による不服申立期間及び出訴期間が経過している者並びに当該処分に対して不服申立てをしていない者又は訴訟中でない者

そうすると、本件類似同業者は、業種、事業所の所在地、事業規模等において原告と類似性を有し、特殊な事情にある者は除かれることになるから、右抽出基準には合理性がある。また、本件類似同業者は、すべて青色申告者に限られているから、その資料の正確性も担保されている。さらに、被告は、前記アからオまでの基準に該当する者のすべてを抽出したものであって、その抽出過程に被告の恣意が介在する余地はない。

したがって、本件類似同業者の平均経費率を用いて原告の本件係争年分の売上原価等を推計した方法には合理性がある。

なお、原告が以下のとおり主張する特殊事情は、程度の差こそあれ、一般に金属研磨業者の特色として指摘し得るものであって、同業者間に通常存在する程度の営業条件の差異にすぎないから、本件類似同業者の平均経費率を算出する過程で吸収され、捨象されるというべきである。

2  原告の主張

被告の推計方法は、次のとおり、合理性を欠くものである。

(一) 被告が示した抽出基準に該当する類似同業者は、足立区内に二〇件前後存在しているはずであるから、被告は、本件類似同業者を恣意的に抽出した疑いがある。

また、被告が本件類似同業者の住所氏名等を明らかにしないため、原告は、その現実の業種や業態を把握できず、資料の正確性を吟味することができないから、右資料の正確性は担保されていないというべきである。

さらに、本件類似同業者には、原告とかなり業態を異にする者が混入している。とりわけ、昭和六〇年分の本件類似同業者Cは、その経費率等が異常値を示している。

(二) 被告は、金属研磨業を営む個人業者の類似同業者の平均経費率を適用して原告の売上原価等を算出している。

しかし、そもそも研磨の対象となる金属には様々な種類があり、研磨の作業方法も手作業から機械化されたものまであって、これに応じて研磨材の形状や設備等にも相違が生じている。特に、原告は、金属時計バンドで、かつ、高級品、装飾品等を研磨の対象としているから、その作業には高度な技術と精巧さが要求され、複雑な手作業が必要である。しかも、原告は、研磨材として綿及び麻の羽布を使用しているが、それらは一般の金属研磨に使用されるものよりも高額である上、摩耗率が高く使用量が多量となる。そのため、一般の金属研磨業者に比べて、原告の人件費、消耗品費等は高く、利益率は低くなる。

したがって、このような特殊事情を考慮せずに、単に金属研磨業という業種によって抽出された本件類似同業者は、原告との業態の類似性がないものであり、右同業者の経費率を適用した被告の推計方法は合理性を欠くというべきである。

四  原告の本件係争年分の実額による必要経費額

1  原告の主張

原告の本件係争年分における売上原価等及び特別経費の各費目の実額は、別紙六の表1から3までに記載のとおりであり、これによれば、事業所得金額は、昭和五八年分が三七八万九〇四七円、昭和五九年分が三七〇万七一九〇円、昭和六〇年分が五五五万九〇二一円である。

2  被告の主張

(一) 納税者は、課税庁の推計による所得金額を争い、真実の所得金額が推計額と異なることを主張する場合には、その主張する実額が真実の所得金額に合致することに合理的な疑いをいれない程度に立証する必要があるが、そのためには、単に収入金額及び経費の一部を立証すれば足りるものではなく、その収入金額がすべての取引先から総収入金額であること、又はその主張する経費の額が課税庁の主張する収入金額に個別的、限定的に対応することを立証しなければならない。

ところが、原告は、被告が推計の基礎数値とした収入金額を争わずに、必要経費のうちの一部についての実額主張をするのみであり、右の点について何ら主張、立証をしていない。

したがって、原告の右実額による主張は失当なものというべきである。

(二) 原告は、会計帳簿に基づく所得計算を行うことなく、単に部分的な証ひょう類及び照明書類を提示しているだけである。このような証拠のみによっては、事業に係るすべての取引を網羅することができず、真実の所得金額の算定は不可能である。

また、原告が主張する支出には、客観的な資料の裏付けがないもの、家事関連費と思われるもの、いずれの年分の支出であるかが不明確なもの等が含まれており、これらを必要経費と認めることはできない。

第四争点に対する判断

一  争点一(推計の必要性があるか否か。)について

1  〈証拠略〉によれば、本件調査の経緯について、次の事実を認めることができる。

(一) 原告は、税務署長に対し、本件係争年分の所得税について、いわゆる白色申告書をもって確定申告書を提出した。

税務署長は、右確定申告書及びそれに添付された収支内訳表を検討した結果、昭和五九年分と昭和六〇年分の利子割引料の額が多いこと、昭和五八年に土地を取得していることから、本件係争年分の申告所得金額の適否について調査する必要があると認め、その所部係官森秀寛大蔵事務官(以下「森係官」という。)に調査を命じた。

(二) 森係官は、昭和六一年八月五日、右調査のために原告の事業所に臨場し、原告に対し、本件係争年分の所得税の調査のために来訪した旨を告げたところ、原告は、「今日は忙しいからまた後にしてくれ。」と言った。

そこで、森係官は、原告に対し、調査の日程について連絡をするように依頼して辞去した。

(三) 森係官は、原告から連絡がないことから、昭和六一年八月二〇日、原告の事業所に臨場したところ、原告は、「急ぎの仕事が入っている。来月の半ばころならいい。」と言い、調査に応じなかった。森係官は、少しでも調査を進展させようと思い、原告との間で、事業の概要等についてやりとりをした。

原告は、森係官に、調査日についてこちらから連絡をすると言ったので、森係官は、八月中に連絡をするように依頼して辞去した。

(四) その後も原告から連絡がないことから、森係官は、昭和六一年九月三日及び同月一八日に原告の事業所へ臨場したが、原告は、いずれも、「今は忙しい。調査には応じる。調査日についてはまた後で連絡する。」と答えるだけで調査に応じなかった。

(五) その後も原告から連絡がないことから、森係官は、昭和六一年一〇月一日、原告の事業所に臨場したところ、坂本は、実際は原告が事業所内にいたにもかかわらず、原告が不在であると述べた。

森係官が原告の事業所近くの路上で原告の帰宅を待っていると、純子は、森係官に対し、外出中の原告から調査日を一〇月六日にしてほしい旨の連絡があったと告げた。

(六) 原告は、昭和六一年一〇月六日、調査日を同月八日に変更してほしい旨を申し入れ、同月八日、再度調査日の変更を申し入れたので、結局、調査日は同月一三日になった。

森係官は、同月一三日、原告の事業所に臨場したところ、原告のほかに、北区民主商工会(以下「北民商」という。)事務局員西沢幸子(以下「西沢」という。)が同席しており、途中から同事務局長富沢(以下「富沢」という。)も同席した。そこで、森係官は、原告に対し、調査に関係のない第三者を調査場所から退席させるよう要求したが、原告はこれに応じず、かえって、「なんでうちが調べられるんだ。正しく申告しているのに調査するということは疑ってかかっているのだろう。」などと言った。森係官は、調査の理由が本件係争年分の申告所得の確認であることを繰り返し説明し、特に利子割引料及び給料賃金について調査を進めたい旨を告げ、帳簿書類等を提示するように求めたが、原告はこれにも応じなかった。

そこで、森係官は、このような状況下では調査が不可能であると判断し、原告にその旨を告げてその場を辞去した。

(七) 森係官は、右のような状況から、原告に対する税務調査は困難であると判断し、翌一四日、日興信用金庫宮城支店への反面調査を行ったところ、原告は、反面調査を中止するように抗議し、調査に応じると申し入れた。

そこで、森係官は、昭和六一年一〇月一七日、原告の事業所に臨場したところ、またも北民商の西村と富沢が同席していた。森係官は、原告に対し、第三者を退席させるよう要求したが、原告はこれに応じなかった。森係官は、調査を進展させるために、守秘義務等に影響を及ぼさない範囲で調査を行うこととし、原告に帳簿書類等の提示を求めたところ、原告は、一部の帳簿書類等を提示あるいは読み上げただけであった。すなわち、原告は、いずれも昭和六〇年分の普通預金通帳、日本精密に対する納品書控え、銀行借入関係の明細、給料外注関係の表及び光伸鍍研材に対する支払の表だけを提示し、同年分の収支計算をした集計表については、西村が読み上げて、それを森係官に書き取らせるだけであった。また、原告は、昭和五八年分及び昭和五九年分の帳簿書類等を全く提示しなかった。しかも、右調査には第三者である西沢が臨席していたこと、時間が不十分であったことから、森係官は、原告に対し、十分な質問調査ができなかった。

そのため、森係官は、原告の事業所得金額を確認することができなかった。

(八) 以上のような調査の経緯に照らし、森係官は、原告に対する調査によっても原告の事業所得を把握することは困難であると判断して、原告の取引先、金融機関等の調査を開始した。

(九) 森係官は、右反面調査と並行して原告に対する調査も進めるため、何度か原告に電話をしたところ、原告は、帳簿書類等がそろうのは来年になると言った。

森係官は、昭和六二年一月一六日、原告の事業所に臨場したが、原告は、調査日を同月二〇日に変更してほしいと要請した。

そこで、森係官は、同月二〇日、再度事業所に臨場したが、富沢及び西村が同席しており、森係官が第三者を退席させるよう要求しても、原告はこれに応じなかった。富沢は、森係官に対し、「反面調査をしたおかげで友金さんが迷惑を受けた。それが公僕としての態度か。冷たい人間だ。」などと発言をした。森係官が原告に対し帳簿書類等の提示を求めたところ、原告は、集計表や帳簿書類は提示せず、外注費の領収証の一部、給料帳、段ボール箱一箱に詰められた領収証の束等を提示した。このうち、給料帳については、原告が自分の手元に留めたまま、支払先の部分を折り込んで昭和六〇年分のみを提示した。また、領収証の束については、支払年分や支払内容が入り混じり、未整理の状態であった。

森係官は、原告に対し、右の領収証等を精査、検討するために、その借用を認めるか原告の事業所で検討するための調査時間を確保するかしてほしい旨を申し入れたが、原告がこれに応じなかった。そこで、森係官は、原告に右領収証を区分整理するように依頼したが、原告はこれにも同意しなかった。そのため、森係官は、これらの資料によっては原告の事業所得金額を確認することはできなかった。

以上の事実が認められ、これに反する原告本人の供述部分及び証人西村の証言は措信することができない。

なお、原告本人尋問の結果及び証人西村の証言中には、原告と森係官は、一一月四日に原告の事業所で調査を行うという約束をし、当日原告は必要な書類等を準備をしていたが、森係官は、何の連絡もせずに事業所に来なかったという部分がある。しかし、証人森は、一一月四日に調査をする旨の約束はしていなかった旨証言しており、右証言は、当時、同係官が原告の調査をなんとか進めようとしており、そのような約束をしながら事業所での調査を行わないとは考え難いことにかんがみると信用性が高いものであるということができるから、右証言に反する原告の右供述部分及び西村の右証言部分は信用することができない。

2  右認定事実によれば、森係官は、昭和六一年八月五日から昭和六二年一月二〇日までの間、合計九回にわたって原告の事業所に臨場し、調査への協力を要請しているにもかかわらず、原告はなかなかこれに応じようとしないで調査日を先に延ばし、原告が調査に応じたのは森係官が最初に臨場してから二か月以上経過した後であること、その際にも、原告は、森係官の帳簿書類の提示の要請に応じず、民商関係者を同席させ、その立会いを認めないと調査に応じられないと主張するなど、終始税務調査に非協力的な態度をとり続けたこと、原告は、結局、第三者の立会いの下で、帳簿書類等の一部を提示したが、これらによっては、到底原告の所得金額を確認することができなかったこと、原告は、森係官が領収書を整理するように要求したのに、これに同意をしなかったことが認められる。

そうすると、税務署長が、原告の所得金額を把握することが不可能であると判断し、独自の調査を行い、その結果に基づき推計の方法によって原告の所得金額を算出したことは、やむを得なかったものであると認めることができるから、推計の必要性はあるというべきである。

これに対し、原告は、税務署長は、当初から推計による税額をもって原告に修正申告を強要する意図であったと主張するが、これを裏付けるに足りる証拠はなく、右主張は失当であるというべきである。

二  争点二(本件調査は適法なものであったか否か。)について

1  原告は、本件調査は個別的な必要性がないのにされた違法なものであると主張する。

しかし、前記認定のとおり、税務署長は、原告が提出した確定申告書及びそれに添付された収支内訳表を検討した結果、利子割引料の額が多いことや昭和五八年に土地を取得していることから、本件係争年分の申告所得金額の適否について調査する必要があると認め、森係官に調査を命じたのであり、右申告書だけでは原告の申告所得の計算根拠等が不明であったことが認められる。

したがって、被告が、原告の所得金額の確認のため税務調査をする必要性があると判断したことは相当というべきであるから、原告の右主張は失当である。

2  原告は、本件調査について、事前通知や具体的な調査理由の開示がされず、原告に対する十分な調査をせずに、原告の承諾を得ないまま反面調査が強行されたという違法があると主張する。

しかしながら、法二三四条による税務調査において、質問検査の範囲、程度、時期、場所、調査理由の開示の可否、開示の程度、事前通知の有無等の実施の細目については法律上特段の定めがなく、これらは、質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との較量において社会通念上相当な程度にとどまる限り、権限を有する税務職員の合理的な裁量にゆだねられているというべきである。

本件において、前記認定のとおり、森係官は、原告に対し本件調査の理由が本件係争年分の申告された所得金額の確認である旨繰り返し説明したこと、原告が調査日程について連絡をすると言いながら何ら連絡をしないので原告の事業所に臨場したこと、原告が一部の帳簿しか開示しないため、原告に対する質問調査によってはその事業所得金額を確認することができないと判断して反面調査を開始したことが認められる。

そうすると、本件調査は、社会通念上相当な程度にとどまるものであるというべきであるから、原告の右主張は採用できない。

三  争点三(推計の合理性があるか否か。)について

1  被告は、原告の業務形態を金属研磨業であるとした上で、売上金額を独自の調査によって把握した金額として、右売上金額に類似同業者の各平均経費率を乗じて各売上原価等を算出し、右売上金額から、右売上原価等及び実額で計算可能な特別経費等を控除して、各事業所得の金額を算出している。

2  そこで、平均経費率の算出方法の合理性について検討する。

(一) 〈証拠略〉によれば、被告が平均経費率を算出した方法について、次の事実を認めることができる。

(1) 被告は、原告の売上金額に、原告と同様に金属研磨業を営む類似同業者の売上金額に占める売上原価等の割合の平均値である平均経費率を乗じて、原告の売上原価等を算出するという推計の方法をとることとし、原告が金属時計バンド研磨業を営む白色申告者であることから、原告の納税地を所轄する西新井税務署に所得税の申告をしている者で、同税務署管内に事業所を有し、かつ、金属研磨業を営む個人事業者の中から、次の抽出基準のすべてに該当する者を抽出した。(〈証拠略〉)

ア 本件係争年分において、青色申告の承認を受け、青色申告決算書を提出している者

イ 本件係争年分の売上金額が、原告のそれの半分以上二倍以下の範囲内である者

ウ 年を通じて金属研磨業を営んでいる者

エ 災害等により経営状態が異常であると認められる者以外の者

オ 税務署長から更正又は決定処分を受けている者については、当該処分について通則法又は行政事件訴訟法の規定による不服申立期間及び出訴期間が経過している者並びに当該処分に対して不服申立てをしていない者又は訴訟中でない者

(2) 被告は、本件類似同業者の抽出に当たり、西新井税務署において管内の納税者が申告した内容に基づいて業種ごとに整理された納税者の氏名、住所、青色申告と白色申告との区別等の記載のある文書である業種別名簿により、青色申告者である研磨業者を選び出し、さらに、選び出した者の本件係争年分の青色申告書、決算書、栄庶業所得調査書及び更正の経過等が記載されている右税務署に備付けの整理簿の記載に基づき、前記抽出基準に該当する者を選び出す作業を行った。

なお、右業種別名簿中、研磨業には、右名簿作成段階で調査、照会をした結果に基づき、金属研磨業のみが登載されている。

(3) 被告は、右抽出作業の結果、前記抽出基準をすべて満たす類似同業者を選び出し、別紙三の表1から3までに記載のとおり、本件係争年分ごとにそれらの者の売上金額、売上原価等及び経費率を得た。〈証拠略〉

昭和五八年分については、該当する類似同業者が一〇件あり、その経費率は、最大四三・九二パーセント、最小一七・四一パーセントで、それらの平均経費率は三〇・〇七パーセントであった。

昭和五九年分については、該当する類似同業者が四件あり、その経費率は、最大三一・〇三パーセント、最小二三・六四パーセントで、それらの平均経費率は二七・〇六パーセントであった。

昭和六〇年分については、該当する類似同業者が五件あり、その経費率は、最大二八・五五パーセント、最小一〇・九四パーセントで、それらの平均経費率は二二・一六パーセントであった。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二) 右認定事実によれば、原告の売上原価等を算出する目的で被告が抽出した本件類似同業者の抽出基準は、業種の同一性、事業所の近接性及び事業規模の近似性等の点において、同業者の類似性を判別する要件として合理的なものである。

また、被告は、右抽出基準に該当する者のすべてを抽出したものであって、その抽出過程に被告の恣意が介在する余地も認められない。

さらに、本件類似同業者は、いずれも帳簿等の書類の裏付けを有する青色申告者であって、本件係争年分において経営状態が異常であると認められる者や更正に対し不服申立て等をしている者が除外されていることに照らすと、その売上金額等の算出根拠となる資料の正確性も担保されているということができる。

そして、本件類似同業者の数は、昭和五八年につき一〇名、昭和五九年につき四名、昭和六〇年につき五名であり、いずれも同業者の個別性を平均化するに足りる抽出件数であるということができる。

したがって、原告の売上金額に右の平均経費率を乗じて原告の本件係争年分の売上原価等を推計し、事業所得金額を算出する方法は、合理性を備えているものというべきである。

(三) これに対し、原告は、前記抽出基準に該当する類似同業者は、本来、二〇件前後存在しているはずであると主張するが、右主張を裏付けるに足りる証拠はない。

また、原告は、被告は本件類似同業者の住所氏名等を明らかにしないから、推計の基礎資料の正確性は担保されていないと主張する。しかし、原告は他の方法によって右資料の正確性を争うことができるのであるから、本件類似同業者の住所氏名等が開示されなかったこと自体によって、基礎資料の正確性に疑いがあるということはできず、他に右主張を裏付けるに足りる証拠はない。

さらに、原告は、本件類似同業者の給料賃金、外注費における最大と最小の格差が極端に大きいことから、原告とかなり業態を異にする同業者が混入しているおそれがあり、特に、昭和六〇年分の本件類似同業者Cは、その経費率が異常値を示していること、国税不服審判所における経費率の主張が変更されていることから、類似同業者から排除すべきであると主張する。

しかし、本件類似同業者の経費率は一定の範囲内におさまっているというべきであり、特に昭和六〇年分の本件類似同業者Cの経費率が他の同業者のそれに比べて、推計自体を不合理ならしめる程度に異なった数値を示していると認めることはできない。

したがって、原告の右主張は、いずれも失当であるというべきである。

(四) 原告は、金属時計バンドで、かつ、高級品等を研磨対象としているから、金属研磨業をもって同業者抽出基準とするのは不合理であると主張し、原告本人尋問の結果中には、金属時計バンドの研磨は手作業を要し、研磨材が特殊であり、一般の金属研磨業者に比べて人件費が割高になる旨の供述部分がある。

しかしながら、同業者の類似性を過度に要求することは、推計の方法による課税自体を不可能にすることになりかねないものであるから、推計による課税が認められている以上、業種・業態、事業所の所在地、事業規模等の基本的な要因において同業者の抽出が合理的であれば、同業者間に通常存在する程度の個別的な営業条件の差異は、それが推計自体を不合理ならしめる程度に顕著なものでない限り、その経費率の平均値を求める過程で捨象されるものというべきである。

ところで、〈証拠略〉によれば、いわゆる金属時計バンド研磨業者の中には、金属時計バンドのみを専業とするわけではない者、貴金属を扱ったことがない者も含まれていることが認められ、研磨対象が専ら金属時計バンドか否か、貴金属か否かは、金属研磨業の類似性を左右するような特殊事情とはいえないというべきである。また、右の証拠によれば、研磨作業が手作業であることや研磨材として綿や麻の羽布を使用することは、必ずしも金属時計バンド研磨業者固有の作業方法ではないこと、金属時計バンド研磨業者の中にも、機械作業を行ったり、鉄羽布等の研磨材を使用する者が存することが認められ、研磨作業が手作業であるか、研磨材が特殊であるか否かは、金属研磨業の類似性を左右するような特殊事情であるということはできないというべきである(なお、原告は、金属時計バンドの研磨が一般の金属研磨業と比べると人件費が割高になる旨主張しているが、本件の推計は、人件費等の特別経費以外の一般経費等の売上金額に占める割合をもって推計を行っているのであるから、人件費が割高であるか否かは推計の合理性には直接は影響しないというべきである)。

そうすると、金属研磨業者の研磨対象、研磨作業の方法、研磨材の種類等は、金属研磨業者それぞれに通常存する営業条件の差異にすぎず、本件推計を不合理ならしめるような特殊事情であるとは認められないから、本件同業者の平均経費率の中に捨象されるものと解すべきである。仮に、右の事情が特殊事情に当たるとしても、原告は、このような事情が平均所得率の計算上どのような影響を及ぼすのかについて、何ら具体的に主張、立証をしていない。

したがって、いずれにせよ、原告の右主張は失当であるというべきである。

四  争点四(原告の本件係争年分の実額による必要経費額)について

1  売上原価等

(一) 被告の主張する推計の方法が合理的であることは、前記三のとおりであるから、原告の本件係争年分の売上原価等の金額は、昭和五八年分が五二二万七三五三円、昭和五九年分が六六五万四一五〇円、昭和六〇年分が六五六万二〇二九円であると認めることができる。

(二) これに対し、原告は、本件係争年分の売上原価等を、別紙六の表1から3までの売上原価等欄記載のとおりであると主張し、右売上原価等は、本件係争年分の領収書、請求書等により認定できるとしている。

そこで検討するに、法三七条一項は、所得の計算上必要経費の額に算入すべき金額は、所得の総収入金額に係る売上原価その他当該総収入金額を得るために直接に要した費用の額及びその年における販売費、一般管理費その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用の額とする旨規定している。右規定に照らせば、原告が売上原価等の必要経費の実額を主張して被告の推計額を争う場合においては、原告の主張に係る必要経費が当該係争年分の総収入と対応するものであることについて、合理的な疑いをいれない程度に立証する必要があるものというべきである。すなわち、原告は、自ら主張する収入金額が原告の当該係争年分のすべての取引から生じた総収入金額であることを主張、立証して、その期間内に支出した売上原価等との対応関係を立証するか、あるいは、その主張する売上原価等が、被告の主張する売上金額に個別的に対応するものであることを主張、立証しなければならないものというべきである。

ところで、本件において、原告は、本件係争年分の売上金額の実額として、被告の反面調査の結果に基づく主張額をそのまま認めている。しかしながら、被告が反面調査によって把握した売上金額を収入として主張している場合、右主張は、原告には他に売上がないという趣旨ではなく、原処分時及び本件訴訟中に反面調査等によって把握し得た原告の売上金額が少なくとも同主張額分はあるとして、推計の基礎として用いているにすぎないものであることは明らかである。したがって、このような場合、被告の主張する売上金額に捕捉漏れがあることが必ずしもうかがわれず、かつ、原告の主張する必要経費の経費率等が同業者比率の平均値に近似するなど、経験則上、被告の主張する売上金額が原告の総収入金額であることが認められるような例外的な場合を除いて、原告は、前述したような売上金額と必要経費との対応関係を立証しなければならないものというべきである。

以上のような観点から本件をみるに、証拠によれば、原告は、本訴の当初において被告が主張した原告の売上金額のほかに、有限会社田中製作所に対する売上として、昭和五九年一二月二七日に八万四〇六〇円を受領したこと(〈証拠略〉)、マスダ電解研磨に対する売上として、昭和五九年九月一〇日に二二二六円、同年一一月七日に八〇五円、昭和六〇年一月二三日に一万三五八七円(昭和五九年分合計一万六六一八円)及び昭和六〇年四月一〇日に一万二六〇〇円を受領したこと(〈証拠略〉)、有限会社佐藤製作所に対する売上として、昭和六〇年九月分二三万四六〇〇円、同年一一月分七万五二六〇円、同年一二月分二〇万二七六五円、合計五一万二六二五円を受領したこと(〈証拠略〉)を認めることができ、しかも、弁論の全趣旨によれば、右売上金額は、本訴進行中に、被告の取引先等に対する調査の結果初めて判明したこと、原告は、被告の当初の売上主張分以外には売上はない旨主張していたが、その後、右の売上の捕捉漏れがあることを認めるに至ったことを認めることができる。

これらの事実にかんがみると、原告が、被告の主張する売上金額をそのまま認めたとしても、原告に要求される総収入金額の実額を立証したということはできず、なお原告は、前記のような対応関係を立証しなければならないというべきである。

しかるに、原告は、総収入金額の立証のための取引の実態を正確に記帳したと認められる現金出納帳等の会計帳簿や請求書、伝票等の原始資料を何ら提出しておらず、また、被告主張の売上金額と原告主張の売上原価等との個別的な対応関係についても何ら主張、立証をしていない。

そうすると、原告の売上原価等についての実額の主張は、結局、総収入との対応関係の立証を欠くものとして、これを認めるに足りないこととなる。

2  給料賃金

(一) 正美及び洋子分について

(1) 〈証拠略〉によれば、次の事実を認めることができる。

正美は、昭和五八年七月まで有限会社堀内製作所に勤務していたが、同年八月以降、原告の事業所で働くようになった。洋子は、昭和五八年二月ころから、右事業所で経理の仕事を手伝っていた。

原告は、本件係争年分の正美らの給料賃金について、法一八三条一項に定める給与等に係る所得税を徴収せず、給与等に係る所得税徴収高計算書を提出しなかった。

正美は、昭和六〇年分の所得税について、給与収入が二七〇万円であると確定申告をした。正美及び洋子の住民税の課税状況を調査したところ、正美の収入金額は、昭和五九年度分が二〇〇万円、昭和六〇年度分が二八〇万円、昭和六一年度分が二七〇万円と申告されており、洋子は、いずれの年度も収入がないとして正美の控除対象配偶者とされていた。(〈証拠略〉)

なお、正美は、昭和五八年七月までの給与として、有限会社堀内製作所から一五四万円を受領している。(〈証拠略〉)

以上によれば、本件係争年分の原告の正美及び洋子に対する給料賃金の支給額は、被告主張額のとおりになることが認められる。

(2) これに対し、原告は、正美及び洋子に対する給料賃金の支給額は別紙六の表4記載のとおりであると主張する。

しかし、原告は、給料台帳、源泉徴収簿、給与明細書等を作成していない上、正美及び洋子から領収書を受領しておらず、勤務開始時、給料額、その増減等について、原告の主張内容を裏付ける客観的証拠が何ら存在しないから、右の認定を覆すことはできない。

(二) 坂本分について

(1) 〈証拠略〉によれば、坂本は、昭和五三年四月から原告の事業所で働いていたこと、昭和六〇年分の所得税について、給与収入が一四四万円であると確定申告をしたこと、坂本の住民税の課税状況を調査したところ、収入金額について、昭和五九年度分及び昭和六〇年度分は一二〇万円、昭和六一年度分は一四四万円と申告されていたこと、右申告は、坂本にかわって原告がしたものであることを認めることができる。

右認定事実によれば、原告の坂本に対する正規の勤務時間についての給料賃金の支給額は、被告主張額のとおりになることが認められる。

これに対し、原告本人尋問の結果及び証人坂本の証言中には、原告は、坂本に対し、給料として一月当たり食事代五万円を含めて一五万円を支給し、その後右支給額を一六万五千円に増額したという部分がある。

しかし、前記(一)(2)と同様、給料台帳、源泉徴収簿、給与明細書、領収書等右供述及び証言を裏付ける客観的証拠が何ら存在しないから、右の認定を覆すことはできない。

(2) 次に、原告は、坂本に対し、昭和六〇年六月以降、前記給料の他に残業手当を支給したと主張し、坂本の勤務時間を記載した出勤簿(〈証拠略〉)を提出している。証人洋子の証言によれば、右出勤簿は、坂本の残業時間が増えてきたので、正確な残業時間を把握して残業代を算出するために作成し始めたことが認められ、右出勤簿には、昭和六〇年六月二七日から同年一二月二八日までの坂本の出勤時刻及び勤務終了時刻が継続的に記載されていることからすると、その記載内容は信用することができる。

したがって、原告は、坂本に対し、右期間内に、現実の支給額は証拠上明らかではないものの、その残業時間に見合う残業手当を支給したことを認めることができる。

(三) 河内分について

被告は、原告が河内に対して給料賃金を支給していたことを認めていないのに対し、原告は、河内に対する支給額は別紙六の表4記載のとおりであると主張する。

河内が、本件係争各年において、夫の控除対象配偶者とされていたことについては、当事者間に争いがなく、給料明細書、領収書等は存在しない。しかし、他方〈証拠略〉によれば、河内は、少なくとも昭和六〇年六月二七日から同年一二月二六日までの間、原告の事業所でパートとして働いていたこと、河内の給料は時給制で、一時間当たりの給料額は、当初は五〇〇円であったが、昭和六〇年二月ころから五五〇円になったこと、給料とは別に一日当たり五八〇円の交通費が支給されたことを認めることができる。

したがって、原告は、河内に対し、右期間内に、現実の支給額は証拠上明らかではないものの、その出勤日数及び就労時間に見合う給料及び交通費を支給したことを認めることができる。

なお、原告は、河内に対し、昭和六〇年六月二七日以前にも給料を支給していた旨主張するが、洋子が河内の稼働状況を記載していたというカレンダーは提出されておらず、同日以前の給料の支給を証する客観的な資料は何ら存在しないから、右主張を認めることはできない。

(四) もっとも、原告の営む金属研磨業において、給料賃金は、その性質上、売上を獲得するために支出されるものであり、給料賃金の多寡は売上金額の多寡に影響を及ぼすものであるから、給料賃金額を経費として実額で主張する場合には、収入との対応関係が認められるものであることを要するというべきである。そして、被告が、自ら主張する収入に対応する経費として従業員に対する給料を実額で主張している場合においても、原告が被告の主張する従業員以外の者に対する給料の支払や、被告の主張する固定給以外の残業手当等の支払があるとし、これを必要経費として実額で主張するような場合には、原告は、総収入金額あるいは右給料賃金の支払が被告の主張する売上金額に個別的に対応するものであることを立証する必要があるといわざるを得ない。

ところが、原告は、前記1のとおり、総収入金額について立証をしておらず、また、右支給された給料賃金が被告主張の収入金額と個別的な対応関係が認められることについても何ら主張、立証をしていない。

そうすると、原告が坂本に対して支給した残業手当分及び河内に対して支給した給料賃金は、いずれも必要経費に算入することはできず、結局、原告の坂本及び河内に対する必要経費としての給料賃金の支給額は、被告主張額のとおりとなる。

3  借入金利子割引料

被告の主張する借入金利子割引料自体については、当事者間に争いがなく、これを認めることができる。

原告は、王子信用金庫尾久支店からの昭和五八年四月一一日の借入金は工場用地の購入のためのものであると主張するが、融資申込書(〈証拠略〉)には、購入した土地に建物を新築し、居宅として使用したい旨の記載があり、原告の主張を認めるべき証拠に供することはできず、その他右主張を裏付ける証拠はない。

原告は、同支店からの昭和五七年一二月二八日の借入金は事業の運転資金に用いた旨主張するが、融資申込書(〈証拠略〉)には、研磨機購入のためという記載があり、原告の主張を認めるべき証拠に供することはできず、その他右主張を裏付ける証拠はない。

原告は、同支店からの昭和五八年一〇月二六日、同年一一月二一日の借入金は事業用機械の購入資金としたものであると主張し、融資申込書(〈証拠略〉)にもその旨の記載があるが、原告が当該借入金額に見合う機械を購入したことを裏付ける証拠は何ら提出されていない。

原告は、同支店からの昭和五九年五月二九日の借入金は、滞納国税を納付して原告所有の土地に対する滞納処分としての差押えを解除するための資金にしたものであると主張し、右事実を認めることができるが(〈証拠略〉)、右借入金の利子割引料は、売上を得るために必要なものではないことは明らかであるから、事業上の経費に算入することは認められないというべきである。

したがって、右の原告の主張する借入金に係る利子割引料は、いずれも必要経費として算入することはできないというべきである。

4  外注費

原告は、外注費として、被告主張分に加えて、伊藤マツ子(以下「伊藤」という。)に対し、昭和五九年に五四万九九七〇円、昭和六〇年に五三万三六八六円を支払った旨主張する。

証人伊藤は、原告の妻の妹であるところ、原告から研磨の下準備の仕事の内職を依頼され、昭和五九年四月から昭和六一年まで内職をしてその対価を受領していたこと、原告から依頼された内職を桶、佐々木、小林、岩田等の友人に下請けに出していたこと、出来高はノート(〈証拠略〉)に記載したが、その後メモや請求書を作成したこと、内職代の支払は、小切手の時と現金の時とがあったこと、夫の控除対象配偶者であり続けるために、内職代による所得を申告しなかったこと、そのため、自分の名前を一部河内、富永と変えてノートや請求書に記載していたことを証言する。

そして、右のノートには、出来高、作業単価、工賃、材料等が具体的に記載され、記載相互間につながりが認められること、その記載内容は、仕切り書(〈証拠略〉)及び明細書(〈証拠略〉)の内容とも符号していること、当座勘定元帳(〈証拠略〉)によれば、原告が伊藤等に小切手で工賃を支払ったとされる時期に、原告から伊藤に対し、右金額に見合う小切手が振り出されていたことに照らすと、右証言及び各書証は相互にその信用性を高めており、これを信用することができる。

そうすると、原告は、伊藤に対し、外注費として、昭和五九年に五四万九九七〇円、昭和六〇年に五三万三六八六円(なお、昭和六〇年の出来高は五三万三七二六円であるが、支払時の計上に誤りがあり、四〇円少なく払ったことが認められる。)を支払ったことを認めることができる。

しかしながら、外注費は、給料賃金と同様、売上を獲得するために支出され、売上金額に影響を及ぼすものであるから、これを経費とするには売上との対応関係が認められることを要するというべきであるところ、前期2(四)と同様、原告は、総収入金額又は右外注費が被告の主張する売上金額に個別的に対応するものであることについて、何ら立証をしていない。

したがって、原告の伊藤に対する外注費の支給額は、これを必要経費に算入することはできないというべきである。

五  事業所得金額

前記第二、二記載の当事者間に争いのない事実及び右のとおり認定された額に基づいて計算すると、原告の本件係争年分の事業所得金額は、昭和五八年分が五六三万二三一〇円、昭和五九年分が八一五万七八八三円、昭和六〇年分が一一〇四万六四三九円となる。

六  結論

以上のとおり、本件推計課税においては、推計の必要性及び合理性が認められ、本件各更正の事業所得金額は、右推計により算出した本件係争年分の事業所得金額の範囲内となって、これを上回るものではない。したがって、本件各更正は何ら違法ではなく、また、これに伴う本件各決定にも違法はないから、原告の請求はいずれも棄却すべきこととなる。

(裁判官 秋山壽延 竹田光広 森田浩美)

別紙一ないし六〈略〉

表一ないし九〈略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例